ドクター酒井は本日休診

東京・横浜・湘南から「草莽崛起!」(70)

 

“憲法改正は待った無し!”

北朝鮮の核・弾道ミサイル開発は、我が国のEEZ内に着弾したり、北海道上空を飛び越えて太平洋に向かい、被害を受ける可能性のある道県にはJアラート(空襲警報)が鳴り響き、日本国民を不安と恐怖に陥らせています。北朝鮮の我が国に対する威嚇であり恫喝で、明らかに敵意を持って臨んでいます。

日本国憲法前文では、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」とありますが、北朝鮮の金正恩氏が平和を愛し公正と信義を守る人物とは全く考えられません。

第九条では、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」
「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。」「国の交戦権は、これを認めない。」としています。

 現在我が国が置かれている、北朝鮮による緊急非常事態の危機的状況下に、この日本国憲法は全く不適切なものに成っています。1946年(昭和21年)11月3日に公布されてから71年も経ち、その間一度も改正されなかった為に、時代にそぐわず陳腐化したといえるでしょう。

 国立国会図書館の調査及び立法考査局憲法課による「諸外国における戦後の憲法改正」[第4版](2014年4月24日)では、米国は6回、カナダは19回、フランスは27回、ドイツは59回、イタリアは15回、豪州は5回、シナは9回、南朝鮮は9回も憲法改正を行ったとされています。日本も遅きに失していますが、早急に第1回目の憲法改正を行い、@自衛隊を日本国防軍と明記し、A侵略国の侵略行為に対する国防武力交戦権を認めるべきです。

 大東亜戦争敗戦時に、白洲次郎氏は吉田茂首相の命を受け、終戦連絡事務局次長として戦勝国である連合国日本占領軍GHQとの間で、日本国憲法作成(手続き上は大日本帝国憲法改正)について交渉し、渡り合い奔走しました。GHQから「従順ならざる唯一の日本人」と言われ、連合国のGHQ憲法の押し付けに、「日本は戦争に負けたが奴隷に成ったわけではない」として最後まで抵抗した日本人です。

 彼は手記で以下の様に書いています。

昭和27年(1952年)「新潮」9月号 雑感 −東北ー周り

「終戦後6、7年間小学校の子供にまで軍備を持つことは罪悪だと教え込んだ今日、無防備でいることは自殺行為だなんていったって誰も納得しない。これは占領中の政策にも責任が無いとはいえない。人間のクセでも6,7年かかってついた癖は、そう一年や二年でぬけるものではない。殊更、否応言わさず強制的につけた癖に於いてをやである」

昭和44年(1969年)「諸君」9月号プリンシプルのない日本(憲法調査会の調査内容について)

「この憲法は占領軍によって強制されたものであると明示すべきであった。歴史上の事実を都合よくごまかしたところで何になる。後年そのごまかしが事実と信じられるような時がくれば、それはほんとに一大事であると同時に重大な罪悪であると考える」

今回の衆議院解散総選挙は、消費税増税も原発稼働再開の可否を問うのではなく、安倍総理は、明らかに現実と矛盾し合理性が無く制度疲労に陥った「憲法改正」一点について、国民の信を問う「憲法改正解散」だと主張すべきでした。小泉元首相が、郵政民営化の賛否だけを問う「郵政解散」を訴え勝利した様に!


 
     

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